第十話


はぁはぁ…


走り続けること10分。
次第に鶴来家が見えてきたが、明かりは付いてなく真っ暗だ。

もしかしたら、誰もいないのか…?

時間的には鶴来もバイトだろうし、父親も帰りが遅いと言っていたので、留守なのかもしれない。
そんな不安と悲しみが過ぎるが、俺はとりあえずインターフォンを鳴らしてみた。


しばらくして、玄関に明かりが灯る。


中から出てきたのは、俺が一番会いたかった人だった。


「圭吾?!どうしたんだ、そんなに息を切らして…」

「仁さんにっ、話しがっ、あって…っ」

「とりあえず、中に入って。」


恐らく寝ていたのだろう。
寝巻き姿の彼は、いつものぴしっとした顔とは違い疲れて眠たそうな顔をしていた。


「すみません、お休みのところ…」

「大丈夫だよ。でも、来るなら連絡入れてくれれば良いのに。」

「すみません…」

「いや、圭吾が会いに来てくれて嬉しいよ…」


久々に聞く仁さんの声。
そっと、彼が俺の髪をなでる。

それだけで、こんなにも胸が苦しい。


「話しって、何?」

「あ、その…」

「うん…」


仁さんの優しい声が、耳に響く。


ドクン、ドクン、


鼓動で胸が飛び出しそうになるが、拳を強く握りしめ口を開いた。


「―俺、仁さんの事が好きなんです」


言ってしまった…
仁さんの顔が怖くて見れない。
きっと、引いてるに違いない。
嫌われたかもしれない。
でも、これで良いんだ…


これで…


「そ、それじゃっ」

「ちょっと待って!」


ぐいっ


立ち上がろうとした俺の腕を掴んで、仁さんが引き寄せる。
その勢いで、仁さんに後ろから抱かれる形になってしまった。


「じ、仁さんっ」

「圭吾…俺は今、きっと酷い顔をしている。」

「え…?」

「だから、しばらくこのまま、このままで居させて…」


仁さんの体温が、背中から伝わってくる。
いったい何が起こっているのか把握出来ず、成されるがまま仁さんの膝の上に座ったままじっとしていた。




―しばらくして先に口を開いたのは仁さんだった。


「こっちを向いて、圭吾…」


言われた通り、恐る恐る仁さんの方へ振り向いた。

が、瞬間その光景に目を疑う。


「本当はこんなかっこ悪い姿、見られたくなかったんだけどね…」


仁さんは目を赤くして、少し照れながらそう言った。


「なっ、何で仁さんが泣いてるんですかっ?!」

「何でって…嬉しかったからだよ。」

「え…気持ち悪いとかの間違いじゃ…」

「何言ってるんだ!そんな事、思うわけないだろう…」

「だって、男の俺に告白されて…普通、困るだろ…」

「そうだね…」

「…」

「でも、俺も圭吾の事が好きだから。」


…え?

今度は耳を疑った。

仁さんの顔を、じっと見る。
俺の前にいるのは雨夜仁で間違いはないはずだ…
だとしたら夢?これは夢か?

だって、仁さんが俺の事を好きだなんて…


「あ、有り得ない!!」

「え」

「仁さんが俺の事好きとか!夢だこれは!!」

「ちょ、圭吾!」


落ち着いて!と、今度は正面から抱きしめられた。

混乱で血が上った頭が、一気に覚めていく。


「好きだよ、圭吾…」

「だ、だって…そんな…」


そんな、幸せな事があって良いのか…?
そんな都合よくハッピーエンドになって良いのか…?



まるで、乙女ゲームの様な―






その後、ぼろぼろと情けなく泣き出した俺を仁さんはずっと抱きしめてくれていた。
帰って来た鶴来が最初は驚きつつもすごく心配してくれたけど、察してくれたのか深くは聞いてこなかった。



その日は仁さんの提案でそのまま鶴来家に泊めてもらい、仁さんと同じベッドで眠った。

といっても、緊張でとても眠れなかったが…

気付いたら朝で、しばらく仁さんの寝顔を見て夢じゃない事を確かめていた。


「圭吾…?」

「あ、おはようございます…起こしちゃいました…?」

「ううん、でも、もうちょっとこのまま…」


仁さんが、ぎゅっと俺を抱きしめる。
全身の体温が、ぐっと上昇した。


「圭吾…好きだよ…」

「はい…」


自分も、それに応えるように仁さんの背中に手を回し力を込めた。



この温もりを逃さまいと、隙間がないように、しっかりと…



***



「じゃあ、行って来るね。」


これから収録の仁さんを鶴来家の前で見送る。
夜にはまた会えるというのに、すごく心細い気持ちになった。

まるで新婚夫婦みたいだな…

自分でそんな事を考えて、顔が熱くなる。


「いってらっしゃい…」


ちゅ


「なっ!?」

「今日、なるべく早く帰るから。」


そう言って微笑んだ仁さんは、今までで一番綺麗に見えた。



「…もしこれが乙女ゲームだとしたら、きっと攻略されたのは俺の方だな」



仁さんの後姿を見送りながら、ドキドキが止まらない俺はそっと呟いたのであった―





END