乙女遊戯症候群 番外編
〜雨夜仁の恋のレシピ〜
purrrrrrrrr.....
『…はい。』
「圭吾?今日、予定より早く帰れそうだから、外にご飯食べに行こう。」
『わかった。帰ってくる時にまた連絡してくれ。』
「了解。…愛してるよ、圭吾」
『っぁ、お、俺も…仕事、頑張って。』
ピッ
俺、雨夜仁は可愛い恋人との生活を満喫していた。
お陰様で仕事は波に乗っていて多忙な日が続いているが、毎日連絡は欠かさずするようにしている。
今日は久々に会えると言う事で、モチベーションも上がりに上がっていた。
まさか自分がこんなにも恋人相手に浮かれているなんて、ちょっと前の自分からは想像も出来なかった…
その瞬間は、突然現れた。
『俺、仁さんの事が好きなんです』
嫌われたかと思っていた想い人からの、告白―
雨の日、彼に出会って一目惚れだった。
始めは自分から少しずつアプローチをしていた。
だけども彼は同姓で、年下で、、
それでも忙しい仕事の合間を縫って電話やメールを送り続けた。
しかし、帰ってくる返事はとてもそっけないものに感じた。
相手が受験生なのは弟と同級生なので知っていた。
だから、相手も疲れているのだと自分に言い聞かせていた。
でも…段々と自信がなくなり、いつしかぱったり連絡もしなくなった。
これ以上突き放されるのが、怖かったのだ。
今まで無難な恋愛しかしてこなかった自分には、初めての経験でどうすれば良いのかもわからない。
それからは彼への感情を持て余し、ただただ忙しく仕事に流される日々が続いた。
そんな時、彼からの告白を受けた。
嬉しさで、涙が溢れた―
同時に、彼に救われた自分が情けなく感じた。
これからは、自分が彼を守って行く…そう決心した瞬間でもあった。
「何だよ雨夜、また彼女に電話?」
「そうですよ。」
「そうですよ、じゃねぇーっての!全く羨ましいぜ!」
今日はBLドラマCDの収録で、その相手役がこのオレンジ色の頭をした観月カオルだ。
自分より1つ年下だが、キャリアは彼の方が上なので一応先輩として敬っている。
「こっちは忙しくて彼女を作る暇もないってのに!」
「時間がないのはお互い様でしょう。カオルさんの要領が悪いだけでは?」
「なんだと雨夜ぁ!!雨夜のくせに生意気だぞっ!!」
「こらこら二人とも、もうすぐ大事な部分の収録なんだから、気持ち切り替えて。」
仲裁に入って来たのは、俺の事務所の大先輩でもある両国昌延さん。
彼とカオルさんとは他の作品でもよく一緒になるので、すっかり顔馴染みの面子だ。
「もうこいつとなんかやりたくないね!」
「それでもプロですか。」
「なんだと雨夜!!」
「雨夜も、観月が面白いからってからかうんじゃない。」
「面白いってなんだよ?!」
「ほら、カオルさん。俺たち恋人同士の役なんだから、気持ち作ってください。」
「くっそ〜〜!とっとと録って帰るぞ!」
***
『…これが欲しいのだろう?』
『そっ、そんな…わけ、ない…っ』
『身体は正直な様だな』
『あぁっ!!』
BLというのは、所謂「受」と「攻」で構成されており、俺の様な声質は「攻」に割り当てられる事が多い。
一方、カオルさんの様な中性的な声質だと、「受」役を担当する事が多い。
同業者の間では、それを「BL食物連鎖」などと呼んでいたりする。
始めの頃はBLに抵抗も少しあったが、やっている内にやり甲斐の有る仕事なのだと思えるようになった。
声のみで聴いている人に雰囲気を伝えるのは、声優業の醍醐味と言ってもいいだろう。
そいった意味でも、BL収録は良い勉強場所でもあった。
「これで今日の収録は終了です。皆さん、お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様でーす」
「お疲れ様です。」
収録も無事に終わり、圭吾に連絡をするべくスタジオを出ようとした所で呼び止められる。
そこにはニヤけ顔のカオルさんが立っていた。
「雨夜さ、以前にも増してHシーンの時の声がイヤらしくなったよな。」
「そうですか?」
「あれだろ、彼女の顔を思い浮かべながらセリフ言ってるんだろ?!」
「…まぁ、そうですね。」
溜息交じりにそう残すと、構わず歩き出した。
この人と真面目に付き合っていたら、精神力を全て持っていかれそうだ…
「なんだよそれ!今度彼女紹介しろよなー!!」
後ろでカオルさんが叫ぶ。
そういう事は大きな声で叫ばないで頂きたいものだ。
「顔を思い浮かべてる、か…」
確かにそれは面白い試みかと思い、俺は可愛い恋人の家へと車を走らせたのであった。
******
「お帰りなさい。」
「ただいま、圭吾」
久々に会った恋人の温もりを全身で感じるべく、思いっきり抱きしめた。
髪から香るシャンプーの匂いが、仕事の疲れを和らげてくれる。
「圭吾は何食べたい?」
「最近、深夜までやってるイタリアンのバイキングが出来たらしいから、そことかどう?」
「うん、じゃあそこに行こう。」
車を走らせていても、信号待ちの時に横目で彼の様子を伺ってしまう。
その度に彼もこちちらを見ており、照れくさそうに微笑む姿が可愛くてしょうがない。
「あのさ、仁さん…」
「何?」
「今日の仕事って、どんな内容の仕事だったの?」
「ああ…ドラマCDの収録だよ。」
「もしかして、BLの…?」
「よく知ってるね。そうだよ。」
「そ、っか…」
少し寂しそうな横顔。
何か気に障る事を言ってしまったのだろうか?
再び信号待ちで、彼の頬に手を伸ばす。
優しく口付けをすると、彼は頬を赤らめながら俯いてしまった。
「…何かさ」
小さい声で彼が呟く。
聞き逃さまいと、車を走らせながら耳を済ませた。
「妹の持ってたCD、ちょっとだけ聴いた事あるんだ。」
「うん。」
「仁さんがその…他の男を抱いてるみたいに聴こえて…」
「クスッ」
「なっ!何で笑うんだよっ」
顔を真っ赤にして嫉妬の心を打ち明けた彼が愛しくて、つい笑ってしまった。
なるほど、それでちょっと拗ねていたのか。
「嬉しいな」
「何がっ!」
「圭吾に嫉妬されるの。」
「べ、別にそういうわけじゃ…仕事だってのも分かってるし…」
「そうだね。仕事だから、やめてって言われても聞いてあげられない。」
「っ、うん…分かってる…」
「でも…」
目的地に着いて車を停める。
赤く染まった頬を撫でながら、再び彼の唇へと唇を落とした。
「CDと同じ事なら、してあげれるよ」
「ぇっ…」
「帰ったら覚悟しといてね。」
察したように更に赤く染まったおでこにキスをする。
帰ってからの楽しみが増えた俺は、鼻歌交じりの上機嫌で車を降りたのであった。
******
『あっ、ダメ、そこはっっ…!』
『好きだっ…明人っ!』
『あぁっーー!!』
「…雨夜さ、この前より更に生々しい演技するようになったよな」
「カオル先輩のアドバイスのお陰ですね。」
「は?僕、何か言ったっけ?」
「いえ、別に…」
圭吾の顔を思い浮かべながら収録をしている。
だなんて、等の本人に言ったらきっと顔を真っ赤にして怒られてしまうだろう。
俺は仕事の楽しみ方を一つ教えてくれた先輩に心の中でお礼を言うと、上機嫌でスタジオを後にした。
帰って今日のレシピ(台本)通りに圭吾を料理するのが、楽しみだ。
END