第三話
「お前、いつまで居るつもりだよ…」
「んー、もうちょっと!」
「最初にちょっとだけとか言ってて、もう一ヶ月だぞ。」
鶴来浩司18歳。
現在、けーちゃん宅に居候中であります。
事の発端は、一ヶ月前に倒れて入院した際に幸彦さんと喧嘩(?)をしてしまい
気まずくて家に帰れなくなってしまったというどうしようもない理由だ。
なので、必要な物だけ持ち、家出をして来てしまったのであった。
「雨夜さんも心配してたぞ?」
「その割に会いに来ないけどな。」
「それは…仕事忙しいし。」
とか言って、けーちゃんはちょくちょく会ってるくせに…とか内心思いつつ。
俺はちょっと前まで、こいつが好きだった。
でも今は兄との関係も温かく見守ってるつもりだし、良い友達だと思っている。
「上手くやってんの?」
「え、何が?」
「兄貴と。」
ブハーーーッ!
けーちゃんが飲みかけの烏龍茶を大袈裟に噴出す。
あらら、と、近くにあったティッシュを差し出すと、顔を赤くしながらそれを受け取る。
こう見えて、とても分かりやすい人間なのだ。この黒瀬圭吾という男は。
「な、な、な」
「気付いてるに決まってるだろ?」
「いやっ、俺はっ、別に仁さんとは…」
「付き合ってるんでしょ。」
そう問うと、しばらく間を空けコクリと頷いた。
顔を赤くしながらせっせと床にこぼれた烏龍茶を拭く姿が、可笑しくて笑ってしまう。
「あはははははっ!」
「笑うなっ」
「いやだって、そんな動揺してるけーちゃん初めて見たしっくくっ」
「〜〜〜!」
こんな感じに、けーちゃんをからかっては楽しんでる日々が続いているが、
確かにそろそろ次の借家を探さなくてはならない。
バイトだけでは部屋も借りれないし、そもそも保証人がいないので無理だ。
しばらくは転々としなければ…と、けーちゃんとも話していたのだが、更に大きな問題を忘れていた。
「進路、どうすんだよ。」
「んー…行きたい学校とかやりたい仕事とかないし…」
「進路希望はなんて書いたんだ?」
「就職希望。」
「じゃあ就活しろよ。」
「何になったら良いかな〜」
「自分で決めろ。」
と言われても、本当にやりたい事がなかった。
接客業は好きだが、接客業といってもジャンルが広すぎて何が自分に合っているのか分からない。
そんな事をぐるぐる考えていたら、もう10月も後半。
そろそろ形を作らなければ、あっという間に年が明けてしまう。
「けーちゃんは良いよなー。頭良いから。」
「頭良くなりたいのなら、それなりの努力をしろ。」
相変わらずズバっと正論をおっしゃる。
そういう所もあの人に似ている…
と、考え始めたところで思考を停止した。
彼の事はなるべく考えない様にしているからだ。
たまにこうして無意識に出てきてしまうのは、やっぱりまだ好きだから…
いや、これからもずっと、一生、きっと好きなんだと思う。
だから、時間を重ねて、押しつぶすように感情を隠している。
それが今の俺に出来る、唯一の方法だからだ。
******
バイト帰り。
時計は8時を回っていた。
欲しい漫画があったが、近くの本屋はもう閉まっているので仕方なく駅の方へと歩き出す。
金曜日だからか、あるいは帰宅ラッシュだからか、駅方面は人が多く行き交っていた。
「ちょっとそこの君!」
「はい?」
前方から、綺麗なお姉さんが近寄って来る。
後ろを振り向くが、どうやら間違いなく自分を呼び止めている様だ。
「何ですか?」
「君、こういう仕事に興味ないかな?」
差し出された一枚の名刺を受け取る。
そこには、「プロダクション・キャッツ」の文字。
どこかで見た事のある名前だったが、思い出せず首を傾げる。
「うちの会社は、俳優・声優・モデルを取り扱ってるのだけど…どう、モデルとか興味ない?!」
「えっ、俺が??!!」
「そう!悪いようにはしないから!!」
あまりに突拍子もない話に、目を点にしながら一歩後ろに下がる。
間髪入れずお姉さんが興奮気味で話しをし始めたので、その場を動けず話しを聞くことになった。
「君、高校生よね?学業に影響ないように考慮するから安心してね。」
「はぁ…」
「何年生?」
「3年です。」
「じゃあ受験生か…進学?」
「いえ」
「じゃあ、就職先とか決まってる感じ?」
「いえ」
「じゃあ、是非うちで!」
がっしり手を握られてしまい、何だかお姉さんの目の色もキラキラしていて怖い。
とりあえず後日また会って話をするという事でまとまった。
話しに付いていけずまだ真っ白な頭で、改めて名刺を見返してみる。
「モデルかぁ…よし!」
なんだか新しい道への希望が開けた様な気がして、テンションが上がってきた。
もしモデルとして成功したら、自立する事が出来る。
事務所で部屋も面倒みてくれるかもしれないし、あの家に帰らなくて済むかもしれない。
その後、本屋で漫画と一緒にメンズのファッション雑誌なんてものを買って帰ったのであった。
********
「ただいまー」
「すっかり我が家だな。」
自分の家かのように出入りするのが当たり前になった黒瀬家。
けーちゃんの部屋にも、ノック無しで入る図々しさにまで達していた。
そんな自分に彼も諦めたのか、今では何も言ってはこない。
「けーちゃん、もうご飯食べた?」
「いや、まだ。今日は母さんが作って置いてってくれてるから、一緒に食べよう。」
「やった!」
黒瀬家に居候して一ヶ月とちょっと。
ご両親は仕事が忙しいらしく、ちょっと帰って来てはまた仕事に出るような感じだ。
一度きちんとあいさつしようかと思ってはいるが、なかなかタイミングが合わず…
一方、妹の早織ちゃんとは、すっかり仲良しになった。
バタンッ
「おかえりー!」
「ただいま、早織ちゃん」
早織ちゃんもまた、ノック無しで男子高校生の兄の部屋に入る勇者だ。
「あ!こーじくん、この雑誌貸して!」
「うん、どんな感じか見たかっただけだからあげるよ。」
「わーい♪これ、雨夜様の特集載ってるんだよね!」
早織ちゃんの兄貴好きは相変わらずで…
もちろん、自分の兄が雨夜仁とは言っていない。
けーちゃんもまた、自分の恋人が雨夜仁とは言っていない様子だ。(というか、普通言わないであろう)
「お前、雑誌とか読む人だったか?」
「いや、実はさ…」
先ほどのスカウトの話しを簡潔に話す。
けーちゃんは少し苦い顔をしていたが、早織ちゃんはすごく喜んで聞いていた。
「何か怪しくないか?」
「そうかな…事務所も有名なところだし。」
「そこって、カオル様の事務所だよね!もし知り合いになったら紹介してね♪」
「とりあえず、一回話しだけでも聞いてくるよ。」
少々不満気なけーちゃんだったが、進展があった事に喜んではくれている様だった。
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次の日
貰った名刺の番号に自分から連絡をし、学校も休みという事で明日の昼に駅の近くのカフェで面談を行うことになった。
面談なんて学校で以外行った事がないので、着て行く洋服もどういった物が良いのかよく分からない。
こういう時に兄貴や幸彦さんが居てくれたら…とか考えてしまっている自分が少しむかつく。
あれ以来、兄からも幸彦さんからも連絡がない。
きっとけーちゃん経由で更に兄貴を通して耳には入っているのだろう。
それでもやっぱり音沙汰無いのは少々寂しい気持ちになった。
まぁ、自分が勝手に出てきたのだから、そう思うのは自分勝手なのだろうけど…
なんだか、胸の中にぽっかりと穴が開いた気分だった。
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