第二話
学プリイベント当日リハーサル。
楽屋で見慣れたメンツと雑談をしながら待ち時間を潰す。
ここに集まっている人間は、皆イベント慣れしているので、台本を読み返すなどの作業はあまりしない。
中にはそういう真面目な奴もいるが…先輩に取り上げられてイジられ対象にされてしまっていた。
「珊瑚〜、お前なぁ〜こんなのは雰囲気でやれって!」
「ぁ…台本…返してくださいよ…」
メンバーの海乃純也と鷹津珊瑚は、学プリ初期からの仲である。
純也は明るくて気さくな奴だが、思ったことはズバズバ言うタイプ。
一方、珊瑚はいつも部屋の端っこにいる様な奴で、正直根暗な奴だ。
「カオルさん、ちょっとここのセリフなんですけど…」
「え、珊瑚っちそれ僕に聞く?!キャラ属性全然違うんですけどっ」
「そうだよ珊瑚、カオルが大人しい少年役とか柄じゃないって!」
「純也テメェ!僕にだってそういう役の仕事も回ってくるっての!」
純也は年が同い年なので、メンバーの中でも特によく話す相手だ。
お互い気が強いので衝突する事も多々あるが、話してて一番気が楽。
珊瑚は年も下だし事務所の後輩でもあるので、よく可愛がってやっている。
「…まぁ、つまりここはこんな風に『ぁ…はい…』って、『あ』を『ぁ』にすると良いんだよ。」
「なるほど…」
「カオルせんぱーい、俺にもご伝授してくださいよ〜」
「気色悪い声だすな純也っ!」
こんな感じに、俺の周りはいつも賑やかである。
こういう空気は好きだし、とても居心地が良い。
楽屋で騒いでいても他の面子は大人ばかりなので、黙って各々の時間を過ごしている。
雨夜なんかも嫌味なちょっかいを出してきてイラっとする事もよくあるが、
それはそれで彼なりのコミュニケーションだと知っているので大目に見てやっている。
まぁ…他の奴には気持ち悪いくらいニコニコしてるのに、俺にだけそういう態度とってくるのはやっぱりしゃくだが。
なんにせよ、おれはこのメンバーが気に入っている。
ある一名を除いて、だが…
「(な、何か佐上の奴、カオルの事ずっと見てない?)」
「(そうなんだよ…この前の打ち合わせの時も見られてたんだよね)」
「(…恋?)」
「「((まさか?!))」」
じぃ〜〜…
くそっ!
新人のくせに台本チェックもしないで先輩ガンとばしてんなっての!
もしリハーサルでヘマこいたら、絶対一言言ってやる!!
そう意気込んで睨み返すと、佐上が立ち上がった。
のそのそとこちらへ歩み寄って来た佐上を目の前に見上げる。
「え、え?」
「観月さん。」
「な、何だよ?」
「俺とお付き合いしてください。」
そっと差し出された手。
丁寧な角度でお辞儀をする目つきの悪い後輩。
その眼差しはなんとも強いもので…まるで蛇に睨まれた蛙の気分。
そしてやっと言葉の理解に頭が反応した。
「はぁーーーーーーーーー????!!!!」
人気アイドル声優がアホみたいな面して固まる瞬間である。
目の前の男を見上げたまま、空いた口が塞がらない。
周りの奴らもそれをはっきり聞いていたのだろう、サーーっと沈黙が流れる。
「なっ、お前、正気かっ!!!?」
「正気です。一目ぼれでした。」
「聞いてねぇーよそんなこと!!」
まぁまぁ、と仲裁に入ってきたのは純也。
とりあえず僕を椅子に戻し、対面に佐上を椅子に座らせると面談のような形が出来上がった。
空気を読んだのか、まわりの奴らは続々と楽屋を出て行ってしまった。
待ってくれ!こいつと二人っきりで置いて行かないでくれーー!!!
「観月さん」
「なななんだっ!」
「あの、返事を頂きたいのですが。」
「はぁ?!僕は男だ!!」
「知ってます。」
「じゃあお前はホモなのか!」
「違います。」
「何だそれ?!」
ワケがわからない。
僕を男だと認識し、ホモではないと言うこの男は僕の事が好きだという。
ああ、そうか!あれか、これは新手の先輩崩しか!?下克上なのか??!!
相手を混乱させて仕事をやり辛くしてやろうって魂胆か!
「その手には乗らないぞ!」
「?」
「お前が僕を越えれるわけない!」
「はい、俺は貴方の隣に並びたい。」
「ほーう、良い度胸だな!!」
「覚悟は出来ています。」
「良いだろう、受けてやろうじゃねーか!!」
「OKって、事ですね?」
「おうよ!」
そうだ、俺は負けない!!
今まで必死にこのポジションを築いて来たのだ。
こんな新人のせいで躓くなんて、あってはならない!
「いつでもかかってきな!」
「結構、大胆なんですね…」
「あ?」
「いえ、もうすぐリハーサルなので、また後で…」
また後でってジラしてプレッシャーかける作戦か?!
ほう…なかなか手強い相手である。
僕は余裕の笑みで佐上を見上げると、気合十分にリハーサルのステージへと向かったのであった。
一方、やり取りを伺っていた残りのメンバーは…
「カオルの奴、何言ってんだよ?」
「…佐上の告白を挑戦状か何かだと勘違いしてるんですかね。」
「佐上の気持ちを受け入れたくなくて、そういう思考に走ったのか…」
「案外お似合いじゃないか。」
「俺も両国さんと同じ意見かな。」
「…鶴来さんも両国さんも、考え方曲がってますね。」
「長く生きてると考え方が柔軟になるんだよ。」
「雨夜さんはどう思います?」
「良いんじゃない?面白そうだから。」
「…ですね!」
この状況を楽しんでいた。
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