第二話


『葵悠太:僕、けいごの事が好き…なんだ…』

『けいご:悠太くん…!』


所謂、イケメンボイスが俺の部屋に響き渡る。
今時のゲームは自分の名前をしっかりと発音してくれるとは知らず、自分の名前をそっくりそのまま使用したことに後悔をしたのが三日前の出来事。

そして、人とは慣れる生き物で、、、
むしろ適応していく賢い生き物であり、一週間目にして俺はこのゲームを制覇しようとしていた。

そんな今日この頃。

我ながら自分が恐ろしい。


「キャーーー!!!」

「?!」


何事か、と、部屋を出て確認しようとする前に部屋の扉が勢いよく開いた。
危うくドアと激しくチューするところだったが、可憐なる反射神経で交わす。これでもスポーツは得意だ。(キリッ


「じゃじゃじゃーん!」


これこれ!と、妹が興奮しながら得意気に紙切れをヒラヒラさせている。
どうやら先ほどの奇声の正体はこいつ(妹)だったようだ。


「何だその紙切れは。」

「イベントのチケットよ。あ、ちょっとお兄ちゃん私よりゲーム進んでない?!」


ずるいわよ暇人!

と、罵られつつ、俺の手には何故かそのチケットの一枚が握らされていた。
訳もわからないままボーゼンと立ち尽くす。


「何だ」

「だから、イベントのチケット!イベントってのは、このゲームのイベントね」


妹が俺のPC 画面を指差しながら説明する。


「はぁ…」

「ゲームに出演してる声優がイベントに出てるの。」

「はぁ…」

「つまり!雨夜様を間近で見れるのよぉー!」

「…俺も行くのか」

「そうよ?」


さらりと自分の質問を返す妹。
そして、疑問や反論を返す間もなく妹は上機嫌で俺の部屋を去って行った。


嵐のような奴だ…


だがしかし、どうしたものか。イベントだの声優だの、全く興味がない。
あいつも学校の友達と行けばいいものを…
しかしながら、わざわざ俺を選択した事に、兄としては嬉しいところである。


「たまには付き合ってやるかな。」


付き合わされてる、と言った方が正しいのだろうが、今の俺はなかなか上機嫌である。


鼻歌交じりに、ゲームの息抜きにコンビニへ繰り出すべく俺も部屋を後にしたのであった。




******




歩いて3分程、見慣れた看板が夜道を照らしている。家から近いため、昔からの馴染みのコンビニだ。

歩きながら先ほどのチケットを確認する。日程や出演者などが書かれてあるが、声優など有名すぎるところしか分からないので、俺には誰なのかさっぱりである。
ふと、一番上に書かれてある名前が目に留まった。妹が口にしていた、雨夜仁という男。横に書かれたキャラクター名から、声を思い出してみる。
一度耳についたら離れない声…正にそんな感じの、ちょっと低めだが透き通った声。
前に妹が、腰にくるわぁー、とか言っていた気がする。理解に苦しむ。

別に嫌いな声ってわけじゃないが、妹はその声の主を何かに取りつかれたように崇拝している。
妹いわく、ご本人様も相当なイケメンらしい。正直、どうでもいい情報であった。

俺は炭酸ジュースと毎週購読している週刊誌のマンガを手に取り、お会計をするべくレジへ向かう。

そこでヘラヘラしながら待ち構えていたのは、もう随分と見慣れた顔。


「よっす!けーちゃん。何だか嬉しそうな顔してるね?」

「ああ、また早織に面倒なことに付き合わされる破目になったからな。」

「兄妹仲が良いねー」


こいつ、鶴来浩司は高校の同級生であり、このコンビニのアルバイトその1でもある。
学校ではクラスが違うのであまり話さないが、こうしてコンビニでよく顔を合わせるので、いつのまにか仲良くなっていった。


「最近兄妹で同じゲームやってんでしょ?どんなゲーム?」

「またあいつは余計な事を…」


まさか、男子高校生が女の子向けの恋愛ゲームやってますーなんて、口が裂けても言えるわけがない。

じばらく返答に困って黙っていると、鶴来が察したのか明るく切り返した。


「まぁまぁ、いいじゃん!いいじゃん!てかホント仲良いなぁー」


鶴来はニコニコしながら、うんうんと首を振っている。別に仲は悪くはないが、面と向かって良いとか言われると照れ臭いものがある。


「そうでもない。」

「またまた照れちゃって!」

「…」


今度は不機嫌そうに黙り込むと、鶴来がごめんごめんと、謝る仕草をする。

こうして鶴来と他愛もないやり取りをするのが、結構気に入っていた。


レジに次の客が来るのを合図に、俺は「またな」と言い残し、店を後にした。



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