第三話


イベント当日―――


遂にこの日が来てしまった。
朝、6時に起こされ7時に電車に乗った。
イベントの開催場所は、電車で40分程のところだ。開演は10時からなので随分と早い。

妹の話しによれば、会場が開くのは9時かららしく、グッズ販売などに並ぶため、だそうだ。
正直、俺には関係のない事なので、半分眠ったままの頭でなんとなく聞いていた。


「あ、そうだ。現地で友達と待ち合わせしてるから。」

「え・・・なんで?」

「なんでって、別に友達と行くのは最初から決まってたし。」

「いや・・・じゃあ何で俺を連れてきた?」

「列並び要因兼荷物持ち?」


微笑みながらそう放つ妹が、悪魔に見える。

まんまと騙された気分である。いや、薄々そうなのではないかとは思ってはいた。
思ってはいたが、少しでも浮かれていた自分が、心のなかで号泣していた。


「付いたら別行動だからね。欲しいのたくさんあるからっ」

「へいへい・・・」

「あ、そうだ。この前うちに遊び来た結子って子、覚えてる?」

「いや・・・」

「今日来るんだけどさ、お兄ちゃんの事、カッコイイって言ってたよ」



俺のやる気メーターが、100上昇した。



******



「んーー!着いたぁーーー」

駅から歩いて5分程で会場に到着した。
歩いていて思ったのだが・・・女性ばかりである。
そりゃまあ、女性を対象としたゲームのイベントなので必然的にそうなるのだが・・・
男子というだけですごく浮いているような気がして、ものすごく恥ずかしい。。。


「おい、あれに並ぶのか・・?」

「わぁ・・・開場一時間前なのに、もうこんな並んでるよぉ」


入口付近に、ズラりと並ぶ行列。9,9割女性。
一列では並びきれないので、何列にも整列されている。

見ているだけで、胃がキリっと痛んだ。


「早織ー!」

「結子!」


入口の方から、女の子が走ってきた。どうやら、この子が妹の友達らしい。
その後ろにも、2人女の子がいる。俺は益々胃が縮むのを感じた。


「あっ、早織のお兄さん!こんにちはぁ」


ちょっと照れたように、妹に結子と呼ばれている子があいさつしてきた。
確か、妹が俺の事を気に入っていると言ってたのも、この子だったはず。
来て良かったと、やっと感じられた一瞬である。
俺は最大限の微笑みで、こんにちは、と返した。妹には、キモイ、と言われたが聞こえない。


「じゃあ、並びますかぁ!」


妹の一言で、現実に戻される。

そうであった。俺の戦いは、まだ始まったばかりであった・・・。



******



待つ事一時間。
開場したのか、列が少しずつ前に進む。
この一時間、女子は女子でわいわい話しているが俺はずっと携帯をいじっていた。

それしか、選択肢がないからだ。

更に待つ事30分。

ようやく建物の中に入ることが出来た。
中に入ると、更にいくつもの列が出来上がっている。グッズ販売の列だ。
俺はパンフレットとやらの列に配置され、女子の群れの中にポツリと置いてかれた。
冷や汗をかきつつ、ぐっと堪えて並ぶ。ただひたすら、じっと堪えて・・・

恐らく10分くらいの待ち時間であったのだろうが、俺には一時間も二時間も並んでいた感覚がした。

ようやく買い終え、当たりを見渡すが妹達の姿はなかった。


「とりあえず、ションベン・・・」


ずっと我慢していた用事を済ませるべく、トイレを探す。
が、どこもかしこも人、人、人。しかも複雑な列が出来上がっていたりして、道がない。
やっと見つけたと思ったら、「女性専用」の札。
どうやら、女性客が多いので男性用トイレを使用しているみたいだ。
しばらく歩き回るが、やはり見つからない。係の人に聞いてもみたが、Aブロックがどうのこうので全くわからん。
香水の匂いで歩いているだけでも酔って来てしまい、遂に俺はダウンした。


「うぇ・・・」


人混みから外れた場所になんとかたどり着き、座り込む。
願わくば何か飲み物が欲しかったが、近くに自販機はなさそうだった。


「君、関係者?」

「!?」


不意に、頭の上から声がしたので驚いて顔を上げる。
そこに立っていたのは、俺より少し年下くらいの少年。
髪を明るいオレンジ色に染めているので、派手だなぁと思いながら、つい見入ってしまった。


「僕の顔、何かついてる?」

「いや、すみません・・・」

「君、顔色悪いね?だいじょーぶ?」


顔を覗き込まれ、体を後ろに引いたが、壁に遮られた。
容赦なく顔を近づけて来るので、大丈夫です、と、顔を押し返してしまった。


「だいじょうぶじゃないと思うよーうん。ちょっとこっち来なさい!」


お母さんみたいに促され、俺は腕をがっちり掴まれなされるがまま近くの部屋に連れてかれた。




「ほら、飲みな?」


しっかり椅子に座らされ、一本のペットボトル水を渡された。
すごく有難い。俺は「すみません」と受け取ると、一気に飲み干した。
おおーーと、少年はニコニコしながら、空のペットボトルを受け取って捨ててくれた。

俺より年下なのに、しっかりしているなぁと、関心する。


「で、君。タグとか付けてないけど、関係者じゃないの?」

「はい・・・ちょっと道に迷って・・・」

「え。じゃあ、お客サン?」


ええーーと、少年が大きな目を更に大きくさせて驚く。
目の色が青いのは、カラコンというやつだろうか。


「君、男の子だよネ?」

「はい・・・」

「だよねー。でもこういうゲーム好きなんだ?」


少年が、壁に貼ってあるポスターを指差す。今回のイベントのポスターだ。
イベント参加は妹の付き添いだが、実際にゲームをプレイしているので、何とも返答しづらい。


「ま、楽しんでってよ!ファンに男も女もないもんねー」


お前もファンだからここにいるのではないか・・・と思ったが、客にしては違和感があった。
この部屋も関係者以外立ち入り禁止の場所みたいだし、スタッフか何かだろうか。


「カオルー!もうスタンバイしてー」

「はーーーい!じゃあ、またね!」


少年はウィンクをすると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
時計を確認すると、開演10分前だ。
俺はイベント自体に興味はなかったが、なんとなく行かないと妹に怒られる気がしたので続いて部屋を出る。
運良く途中で警備員のおじさんに遭遇したので会場まで案内してもらい、トイレも済ませ無事に席に着くことが出来た。
隣の妹に、どこ言ってたの?と聞かれたが、面倒なのでトイレに行ってた、としか言わなかった。

席は一番前の一番端。こちらからはよく見えるが、出演者からは影になって見えないであろう席だったが、
妹は「仁様と目が合ったらどうしよ!!」と言って、ギリギリまでメイクを直していた。



******



出演者の声優が、司会者の紹介と共に出てくる。
俺はその中の一人に見覚えがあり、思わず目を見開く。


「さっきの少年?!」


隣で、妹が「何よ、カオル様知ってるの?」と聞いてくる。
いや、知らないけどさっき会った、と言っても信じないだろう。

少年の名前は早見カオルというらしい。ゲームのキャラクターは攻略したが、気づかなかった。


しばらくポケーっと口を開けて見ていると、会場が一斉に歓喜に沸いた。


『如月零二役の雨夜仁さんでーーす!』


雨夜様ぁあーーーーーーー!!!

隣の妹も、狂ったように叫んでいる。
あれが雨夜仁。確かに、女子が喜びそうな容姿をしている。
スラリと高い身長に、高級そうなスーツを身につけている。まるでホスト。

顔も嫌味なくらい整っている。


「モデルでもやった方が良いんじゃねぇの・・」

「雨夜様の写真集は他の芸能人をブッちぎって毎回1位なのよ!」


ボヤきが聞こえたのか、雨夜様に夢中だったはずの妹がつっこんできた。
なるほど、雨夜様が完璧なのは、とても理解できました。

イベントは、ライブ的な事をやって、朗読的な事をやって、最後に新作のゲームの紹介をして終わった。
ライブの時、ステージの端に来たカオルって奴が俺に向かってウィンクをした様な気がしたが、勘違いだと信じたい。
妹は「今、私にウィンクした?!」とか、騒いでいたが・・・それこそ勘違いだとは、口には出さずにしといた。


3時間ほどのイベントだったが、最初から最後まで妹達は叫んでいた。女子高生おそるべし。


一方、俺は疲れ果ててくたくただった。


帰りの電車の中、隣で結子ちゃんが話しかけていた気がするが、うとうとしていて何も頭に入らなかった。



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