第四話


5月6日晴れ。


高校3年生といえば受験だが、最後の学園生活もまだ始まったばかり。
教室でわいわい騒いでるクラスメイト達からは、受験モードなど微塵も感じられない。

そして自分もまた、その一人であった。


「けいごー、お前進学希望だっけ?」

「ああ」


昼休み。
クラスメイトの相馬恭介が、俺の隣の席に座る。
相馬の席ではないが、席の主は不在で周りに気にする奴もいない。


「お前、頭いいもんなー。スポーツも出来るし、あともうちょい存在感出したらモテるぞ?」

「余計なお世話だ。」

「俺は勿体無いって言ってんだよ。」


いらないなら俺にわけろよなーと、相馬が切実そうにつぶやいた。
別に、モテたくないわけではない。むしろモテたい。
しかし、どうも自分を出すのが苦手で、周りからは暗い奴とか思われている。(に違いない)


「黒瀬ー、何か他のクラスの奴がお前呼んでるぞー」


振り向くと、教室の入り口から鶴来がひょこっと顔を覗かせた。
ちょっとちょっと、と手招きされ、そちらへと歩む。


「悪りぃけど忘れ物したから貸してー」

「ああ、何忘れたんだ?」

「英和辞書!次の授業で必須なんだよー」


俺は分厚いそれを鶴来に手渡す。
さんきゅ!礼は放課後するわーと、鶴来は自分の教室へと戻って行った。
鶴来と学校で会話することは滅多にないので、少し嬉しい。


席に戻ると、相馬が意外そうな顔をしていた。


「けいご、鶴来と知り合いだったん?」

「あいつうちの近くのコンビニでバイトしてんだよ。」

「そうなんだー。あいつんち片親で苦労してるらしいもんなぁ。」

「へぇ・・」


今まで鶴来と話しててそんな話は聞いたことなかったので、少し複雑な気分になる。
いつもレジでにこにこしてるあいつに、そんな事情があったなんて。
今考えると自分がコンビニに行く度にいるので、ほぼ毎日シフトに入っているのかもしれない。


「それでバスケ部の部長やってんだぜあいつ。」

「ああー・・それは聞いたことあるかも。」


前にコンビニで雑談していた時に、大会の予選やってるんだーみたいな話をしていた気がする。
今も現役でやってるって事は、順調に勝ち進んでいるという事だろう。


そういえば、さっきお礼を放課後してくれると言っていたので、少し聞いてみることにしよう。



******



「けーちゃーん!」

教室で帰り支度をしていると、急に後ろから抱きつかれた。
驚いて振り返ると、俺の腰にがっちりしがみつく鶴来の姿。


「ばか、離れろっっ」

「あはは、良いじゃんたまには学校でイチャつくのも」


あたかも学校以外でイチャついてるような言い方をするな!

無理やり剥がそうとするが、さすが運動部。びくともしない。
周りのクラスメイトは、わははーと笑うだけで誰も助ける事はなかった。


「鶴来・・」

「わかったわかった!そんな怒るなってー」


大型犬のように、しゅん、とした顔で俺を見る。

身長差は頭一個分くらいあるけど、こういう顔をされると可愛く見えてしまう。


「はい、これ。ありがとうねー」

「ああ。」

「で、お礼にこれから俺とデート!」

「そんな礼はいらんっ」


またまた照れちゃってーと、鶴来が帰ろうとする俺の後に続いた。




*******



結局、お礼がしたいという鶴来に連れられて、家の近くのカフェまで来てしまった。


「カフェオレ1つ。けーちゃんは?」
「俺も同じので。」

かしこまりました、と、ウェイターのお兄さんが微笑む。
正直、男2人で来るような雰囲気の場所ではない。
周りは主婦同士の集まりや、女子学生やらで席が埋まっていた。


「俺、こういうとこ来たの初めてだわー」

「じゃあ何で連れてきたっ」

「けーちゃんが好きかと思って。」


普通にファーストフード店とかにしとけばいいものを・・・
確かに落ち着いた雰囲気の場所は好きだけど。

落ち着かないので頼みもしないメニューを見ていると、ふと、周りからやけに注目を浴びている事に気づいた。
原因は、このバカでかいのが騒いでいるからであろう。


「ねぇねぇ、ケーキが400円もするのって普通?」

「知らん。」

「紅茶が1パイ600円もする!」

「・・・うるさい」


なんで不機嫌なのー?と、鶴来が口を尖らせる。
それと同時に、先ほどのウェイターがカフェオレを持ってきた。


「お待たせ致しました。」

「はい、どーも」


鶴来がにこやかに返す。
こう見えて、しっかりしているものだと関心した。つられて、自分も軽く会釈をする。
親の教育が良いのだろうと思い、学校での相馬との会話を思い出した。


「そういえば・・・クラスの奴から聞いた話なんだが、お前んとこ片親なんだって・・?」

「そうだよー」

「・・ごめん」

「何で謝る?」

「知らなかった・・」

「それは俺が話さなかったからでしょー」


気にしてないよーと、鶴来が明るく微笑んで、俺はちょっと安心した。


「俺んとこ、かぁちゃんが病気で死んじゃってから、父ちゃんと兄貴の3人なんだ。」

「お前、お兄さんいたのか?」


見たことないぞ、と言うと、鶴来は笑って「当たり前だよー」と返した。
父親らしき人とは、前にコンビニで会った。軽くあいさつしたぐらいなのであまり覚えていないが・・
このせまい町で、しかもご近所さんで遭遇しないってことは、そうそうない。


「兄貴は都心で仕事してっから。」

「へぇ・・それじゃ、見ないのも当然か。」

「たまーに帰ってくるから、その時紹介するよ。」

「ああ。」


軽く雑談をし、次のバスケの試合を見に行く約束までしてしまった。
こうしてコンビニ以外でゆっくり話すのも、たまには良い。


「じゃぁ、約束だからね!」


途中まで一緒に帰り、いつものコンビニの前で別れた。
こいつは今日も、バイトらしい。
バイトは家が厳しいからとかではなく、ただ自分が好きでやっていると言っていた。
自分も終日だけバイトをしているが、こいつみたいに楽しく仕事をしたことがなかったので、羨ましいとも思う。


そういえば、今日の部活はサボったのだろうか。
部長がサボっていいものなのだろうか、、大会中じゃなかったのか?

そんなどうでもいい事を考えながら、俺は家路についたのであった。




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