第五話
「お兄ちゃーん」
「またか・・」
6月後半にもなると、所謂”梅雨”という時期に突入する。
妹は外に遊びに行くのがダルいと言い、ほったらかしてたゲームを暇つぶしにしている様だった。
かといって、この俺にそのゲームの攻略方法をいちいち聞きにくるのは、迷惑である。
しかも俺がプレイしたことのない、『乙女ゲーム』の攻略方法なんざ、聞かれても分からない。
「自分で調べろよ・・今、お兄ちゃんは勉強中なんだけど?」
「お兄ちゃん、頭いいんだし勉強しなくていいよー」
「しっかりやってるから、良い結果がついてくるんだよっ」
この前、リビングに散乱していた妹のカバンの中から、10点のテストが出てきた時はビビった。
兄として、妹の勉強くらいは見てやっても良いかもしれない。いや、見るべきであろうこの点数は・・
「お前の勉強、見てやるから。ゲームはおしまい。」
「ヤダ!雨夜様がでてるんだもん!クリアさせるの!!」
「でたでた、雨夜様・・」
妹がお熱の、人気声優『雨夜仁』。
最近は人気に拍車がかかって、本人が歌番組などに出演しているのを見かける。
お陰様で自分が見たい番組を、満足に見させてもらえない始末である。
「そういえば・・最近、うちの近くにスタジオできたの知ってる?」
「ああ・・そういや、ずっと作ってたもんな。」
丁度、鶴来のバイトしているコンビニの対面に立ったなんちゃらスタジオ。
よくもまぁこんな何もないところに作ったなぁと思うが、逆にそういう場所の方が都合良いのだろうか。
芸能人とかが出入りするのであれば、ちょっとわくわくもするが。
「もしかしたらね、雨夜様が収録に来るかもしれないのー♪」
見て見て!と、勉強道具の上に雑誌をドザっと置かれる。
雑誌は声優ファン向けの雑誌のようで、そのスタジオが載っている。
どうやら、雨夜の所属する事務所が建てたスタジオらしい。
『7月からスタートするアニメ”学園☆王子様”の公開収録が決定・・』
「へぇー・・」
「明後日、学校も休みだし、お兄ちゃんも付いてきてよ。」
「断る。」
「どうせ暇でしょ!」
「バイトだから暇じゃない。」
何でよー!と、膨れっ面をされても、どうしようもない。バイトは毎週決まっている事である。
俺は机の上の雑誌を閉じ、勉強を再開する。妹はぶつぶつ言いながら部屋を出て行った様だ。
雑誌を持って行かなかったので呼び止めようとしたが、面倒なのでそのまま放置する事にした。
横目でチラリと雑誌を確認すると、表紙には大きく雨夜仁の姿が映されている。
何となく見られてるようで集中できないので、雑誌を裏っ返しにしてやった。
******
pppppp....
朝9時。
少し遅めの起床。
土曜日の朝はゆっくり起きてからバイトへ向かう。
俺のバイト先は駅の近くの本屋で、人と接するより本と接している時間の方が長いバイトだ。
特にやりたい事もなかったので、知り合いに進められるがままバイトを始め、今に落ち着いている。
「おはようございます。」
タイムカードを切り、自分の配置につく。
基本的にレジなどの接客は女性、本の陳列などは男性スタッフが主にやっている。
決まっているわけではないのだが、自分が入った頃には自然とそのような配置になっていた。
この仕事で一番気にいってる所は、面白そうな本に出会う機会が多い事だ。
目に留まった本は、とりあえずお持ち帰りしている。(代金は払っている。)
お蔭様で俺の部屋の6割を本が占めている状態である。
妹が暇つぶしに本を借りに来るが、半日で返却される事がほとんどだ。俺には本選びのセンスが無いらしい。
今日もとても興味深い本があったので、妹に頼まれていた雑誌と一緒に購入して帰ることにした。
******
−バイトの帰り
外は小雨が降っていた。
傘を持ってきていなかったので、本が濡れないように庇いながら少し早足で歩く。
駅前は休日という事もあり、人で込み合っている。皆、急な雨で自分と同様小走り気味だ。
ドンッ
後ろから思いっきり誰かにぶつかられた。急いでいたのだろうが、謝りもせずに主は去っていった。
しかも、その勢いで前にいた人に突っ込んでしまった。本も、紙袋が破れ濡れた地面にドボン。
恥かしさと怒りで、頭が真っ白になる。最悪だ・・
「大丈夫・・?」
後ろを歩いていた男の人が、気を遣って声をかけてくれた。
こういう時は恥ずかしいので放っておいてくれた方が有難いのだが・・
俺は振り向いて、「すみません大丈夫です」と会釈をする。
そのまま早々と立ち去ろうとしたが、いきなり腕を掴まれた。
「あの、本忘れてますよ。」
「ぁ・・・」
道行く人々に踏まれ、ぐしゃぐしゃになった本を指差される。
穴があったら入りたいという表現が、今の俺の心境にぴったしであろう・・
俺は本を素早く回収して、早くこの場を立ち去ろうとするが、男が腕をがっちり掴んで放さない。
「君、そのままじゃ風引きますよ?良かったらうちに寄ってください」
すぐそこですから!と、強引に腕をひっぱられ連れてかれそうになる。
なんなんだこの男・・・容姿も、帽子にサングラスにマスクでいかにも怪しい。
「いや、大丈夫ですのでっ・・」
「いえ、びしょ濡れの泥だらけで帰ったら親御さんが心配します。」
真面目に言っているのかこの男は。いや、口調からして真面目に言ってるんだと思うけど・・
力尽くで引き離そうとするが、自分を掴んでいる手はびくともしない。
相手の方が一回り以上体格が大きいので、力では勝てそうになかった。
・・・
結局なされるがまま男と10分ほど歩いていると、次第に見慣れた景色が見えてきた。
どうやら彼の家は自分の家のご近所さんらしい。
しかし、今更帰りますとも言えない雰囲気なので大人しく付いていく事にした。
腕もまだ、しっかり掴まれたままだし・・帰りたくても帰れそうにない。
「弟が君と同い年くらいなんですよ。」
「へぇ・・」
「最近まで仕事の都合で別のところに住んでたので、会うの久しぶりなんです。」
「へぇ・・」
雨も上がり、夕闇に照らされた歩道を歩きながら、男の身内話しを聞いた。
話しの内容には興味が無いので適当に相槌を打つが、話しをしている時の男の口調が優しく、
聞き取りやすいトーンなので、聞いていて心地が良かった。
それに、嬉しそうに家族の話をするこの男が、とても悪い奴には見えなかった。
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