第六話
「ただいま」
男の自宅というのは、所謂普通の一軒家だった。
位置的には俺の自宅から歩いて15分程度の場所だ。
連れて来られたのが怪しげな店とかではなかった事と、腕を解放された事により、内心少し安心する。
「兄貴!?なんだよ、帰って来るなら連絡くらいしろよなー!」
「悪い、しばらくはこっちで仕事あるから泊めてくれ。」
「兄貴の家でもあるんだから、泊めるってのはおかしいだろ」
「…え」
明るく出迎えたのは話しにあった男の弟であろう。
しかし、俺はその姿を目視して固まった。
弟も俺に気付くや否や、顔をパーっと輝かせる。
「けーちゃん!!」
「鶴来っ…!?」
「なんだ、知り合いか?」
「うん、俺の友達!」
まさかこの男が鶴来の兄だったとは、正直かなり驚いた。
同時に今までの硬直が全て解け、安堵の溜め息が流れる。
世の中狭いとは、よく言ったものだ・・・
「なんだ、お前の友達だったのか。」
偶然だなぁ〜と、男がマスクとサングラスを外した瞬間、俺はまた硬直するとこになる。
「あ、雨夜、仁…!?」
「それ芸名なんだ。本名は鶴来仁。」
「それより、けーちゃんびしょびしょ!早く上がってお風呂入りなよ!!」
「え、あ、ちょっ」
兄さながら、鶴来は俺の腕をひっぱり、さっさと風呂場に投げ入れる。
頭が混乱した俺はとりあえず衣服を脱ぎながら頭を整理した。
偶然出会った男は、あの雨夜仁で、そいつの弟が偶然にも鶴来で…
結局、頭は混乱したままシャワーを終え、用意されていた大きめのスウェットに着替えた。
「終わった?」
同時に鶴来がひょっこりと顔を出す。
「あぁ、ありがとう。」
「兄貴に無理に連れて来られたんだろ?ごめんね…」
「いや(確かにそうだけど…)気にしてない。」
そっか、と鶴来はいつもの調子で微笑んだ。
スウェット大きかったねーとヘラヘラしながら言うものだから、蹴りを3発程いれてやるとまた優しく微笑んだ。
それから、鶴来(弟)の手作り料理をご馳走になり、雨も上がったので生乾きの洋服を兄弟の反対を押しきりながらも身に付け帰宅した。
部屋着に着替えるとベッドに横たわりながらぐちゃぐちゃなった本を取りだし、ペラペラとページをめくりながら今日の出来事を振り返った。
まさか、鶴来のお兄さんがあの雨夜仁だったとは…
しかしそれよりも、思っていた印象と違って良い人そうだったという事の方が意外だ。
俺と話す時も、弟と話す時も、あいつは優しく微笑んでいた。
今まで見てきた雨夜仁とは、全くの別人。あれが彼の本当の姿なのかもしれない。
鶴来の話しを聞く限りだと相当なお人好しらしく、犬猫はもちろん、俺の様に見ず知らずの人間を連れて帰って来たのも今回だけではないらしい。
それが少し可笑しくて、思い出しながら一人でクスクスと笑ってしまった。
「お兄ちゃん、そんな固そうな小説読んで笑ってるとか不気味…」
「ちょ、お前…ノックくらいしろよっ」
「思春期の中学生じゃないんだからいいじゃんー」
どこでそんな言葉覚えたんだ…
兄ながら少しショックを受けていると、雑誌のことをすっかり忘れていた事に気付いた。
恐る恐る雑誌に目をやるが、それよりも先に妹が気付き手に取る。
「なにこれ…ぐしゃぐしゃじゃない。」
「さっき落としたんだ…悪い」
「あーもうお兄ちゃんになんか頼むんじゃなかった!雨夜様特集載ってるから楽しみにしてたのにっ」
まーた雨夜様ですか…
こいつにさっき本物の雨夜様に会ったぞーとか言ったら、きっと発狂して襲いかかってくるに違いない。
「コンビニ行って来る。雑誌、まだ残ってるかもしれないし。」
「あ、ついでにアイスねー」
お前の心がアイスだ…
可哀想なお兄ちゃんはそうつぶやきながら、可愛い妹のためにコンビニへと向かうのであった。
******
雨上がりの夜の風の生温かさは、なんとも形容し難い。まるで幽霊でも出てきそうな…不気味な感じがした。
時間も遅いのですれ違う人もいない。
真っ暗な道を、少し小走りで歩いた。
うっすらと見えてきた看板の明かりで安堵する。
どんなに不気味な空気でも、いつでもそこにあるコンビニには心が救われた気分になった。
「雑誌雑誌…あった」
ラスト一冊の雑誌を手に取る。これで妹に文句を言われずに済みそうだ。
俺が入口横のアイスコーナーでガサガサとアイスを漁っていると、自動ドアが開いた。
生温かい風が、一瞬入ってくる。
それと同時に、入ってきた奴と目が合う。
「あ…」
「君はさっきの、黒瀬君だっけ?」
雨夜仁。
深夜だからだろうか。
先ほど外で会った格好とはうって代わり、家にいた時と同じラフな格好をしている。
「どうも。」
「君も小腹が空いて出てきたの?」
「いや別に…」
「俺もアイスにしようかな。」
どれどれ、と、雨夜が俺の横に並びガサガサとアイスを漁る。
ファンの子から見たら、とてもあの雨夜仁様とは思えない光景だ。
「どうしたの?」
「あ、いや…」
まずい、つい凝視してしまっていた…
アイスを漁る横顔も、不思議とかっこよく見える。見えてしまう。イケメンとは罪なものだ。
そんな下らない事を考えていると、「アイス溶けちゃうよ」と指摘され、我に返った。
案の定、自分の体温で少し溶け初めていたガリガリちゃんをこっそり新しいのと交換し、俺はお会計を済ませ雨夜仁とコンビニを後にした。
「その雑誌、さっき濡れたしまったやつだよね?」
「あ、はい。妹の御使いで…」
「ああ、そうだよね。女性向けの雑誌だもんね。」
「妹が雨夜さんの大ファンなんです。」
「それは光栄だなぁ。あ、俺の事は仁でいいよ。」
「はぁ…」
「俺も圭吾って呼んでいいかな?さっき弟から聞いたんだ。」
「はい…」
二人でアイスを食べながら暗い夜道を歩く。何故か、一人で通った時に感じた不気味さはなかった。
仁さんの希望でもう少し話をしようという事になり、まだ地面が湿った公園へとやって来た。
水滴が残るベンチを軽く手で拭い腰掛ける。
金属で出来た部分が、ひんやりと冷たくて気持ちが良かった。
「弟とは、同じクラスなのかい?」
「いえ、クラスは違います。コンビニでよく会うので、そこで話すようになって…」
「そっか…あいつ、部活やってるのにバイトもぎっちりやってるだろ?俺は部活に専念しろって言ったんだけど、聞かなくてね。」
「好きでやってる、って言ってました。」
「そうか…無理してるわけじゃないなら、良かった。」
「…仁さんは鶴来の事、大事に思ってるんですね。」
「どうだろう…親父も俺も仕事が忙しいって理由で、あいつを一人にしてほったらかしにして来たから…今更心配とかしても、エゴにしか受け取ってもらえないかもなぁ」
「そんな…あいつ、仁さんが帰って来てすごい喜んでました!」
ついむきになって大きな声を上げてしまった。
仁さんは驚いた様だったけど、すぐにまた優しい表情に戻り笑っている。
俺はすごく恥ずかしくなり、うつ向きながらベンチに深く腰掛けた。
「ありがとう…」
仁さんの温かい手が、俺の頭を優しく撫でる。
「これからも弟と仲良くしてやってね。」
「も、もちろんっ」
「ついでに、俺とも仲良くしてくれると嬉しいな…」
ぎゅっと、仁さんが俺の手を握った。
ドキッ
自分の鼓動が大きく、早くなるのがわかる。
近くの虫の声が、やけに小さく聞こえた。
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