第七話
「お兄ちゃんお帰りー」
顔が赤いよ?と、妹に突っ込まれ、とっさに顔を隠す。
先ほど、あの綺麗な指に触れられたかと思うと、頭のてっぺんが熱くなる。
「あれ、私のアイスは?」
「あ…」
コンビニ袋の中ですっかり形を失ったガリガリちゃん。
兄の名誉挽回は、アイスと共に溶けていった。
******
「おはようけーちゃん!」
「おはよう、朝練終わったのか?」
「うん!」
朝から元気だなぁと、低血圧で青い顔の俺には眩しすぎる鶴来の顔を見上げる。
あの日以来、鶴来と俺は学校でもよく話す様になり、昼飯なんかも一緒に食ったりしている。
「そうそう、兄貴が今日オフだから家に遊び来いってさー」
「え…でもお前部活あるだろ?」
「うん。でもバイトはないから8時には帰るよ。」
それまで仁さんと二人きりかよ…
公園での一見があるので気まずさを感じながらも、断る理由もないので承諾した。
忙しい鶴来と遊ぶ事もあまりないので、それは楽しみだし…
******
放課後、俺は頭の中をぐるぐるさせながらも一人鶴来家へと向かっていた。
「いらっしゃい、圭吾。」
「お久し振りです…」
仁さんは相変わらずキラキラした笑顔で迎えてくれた。
久々に会ったはずなのに、そんな気はしない。
多分、テレビや街の広告でよく見かけるからであろう。
それでもやっぱ、本物を前にすると緊張が走った。
「ごめんね、急に誘ってしまって。」
「お忙しそうですね。よくテレビとか出てるし…」
「お陰様でね。ところで…」
テーブルを挟んで向かい合って座っていたはずなのに、何故だか仁さんが隣に座っていた。
やたらと、顔が近い。
「あ、あの…」
「お腹空かない?良かったら外で食べよう。」
爽やかに微笑む目の前のイケメンは、俺の手を握ると返事も待たずに外へと連れ出した。
高そうな車の助手席に乗せられ、薄暗くなってきた道を走る。
「鶴来は…」
「あいつには内緒だから大丈夫だよ。」
何が大丈夫なんだ…
そして何処へ向かっているのだろうか。
戸惑いながら、仁さんの横顔を見た。
…なんだかとても嬉しそうな顔に、流されておこうという気になった。
連れて来られたのは、個室のあるしゃぶしゃぶ屋。高級そうな雰囲気が漂っている。
俺はこっそり財布の中身を確認した。
「足りるかな…」
「食べ放題だし足りると思うよ?」
いや、違うんだけど…
馴れた様子で店内に入って行く仁さんに隠れる様に付いていく。正直、こういうお店は来たことがなかった。
「こういうの来るの初めて?」
「はい…」
「そんな緊張する様なお店じゃないよ。個室だし、気軽に、ね」
「はぁ…」
ね、と言われても。
あんたと一緒だとファミレスでも緊張するんだよ。とは言えない。
「ここすごく美味しいから、君を連れて来たかったんだ」
「あ、ありがとうございます…」
美味しそうな肉が目の前に運ばれて来ても、食欲が沸かない。
目の前の男を意識しすぎてしまい、終始肉の味もわからない状態だった。
「口に合わなかったかな?」
帰りの車内、男子高校生にしては少し物足りない位の量しか食べなかった俺に対し、仁さんが心配そうに尋ねる。
「美味しかったです、ごちそうさまでした」しか言えず、気の利いた言葉が浮かばない自分に、落ち込む。
「今度は映画とかどうかな?吹き替え担当した作品がもうすぐ公開なんだ。」
「はい…是非」
「やった!じゃあ後で連絡先教えてね。」
嗚呼、俺はまた心にも無いことを…
仁さんの誘いは嫌ではない。むしろ、割りと嬉しい自分がいる。
だが、身分が違い過ぎるし、なんだか申し訳ない気持ちになる。
こんな俺を、どうしてこんなによくしてくれるのだろうか…
******
鶴来家に着いたら、案の定拗ねた鶴来が待ち構えていた。
「兄貴っ!ずるいよ!!」
「早い者勝ちだろ?」
「勝手にけーちゃん連れ出して・・・けーちゃんも何か言ってやってよ!」
「いや、俺は・・・」
鶴来が顔を赤くしながら涙目で訴える。
一方、仁さんは余裕の表情で笑っている。
そんな兄弟のやり取りに俺はさっきまで緊張していたのが一気に緩んでしまって、我慢しきれず大笑いしてしまったのであった。
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