第八話
「夏休みばんざーい!」
朝から騒がしいのは妹の早織。
今日から学生は夏休みという素晴らし期間を得た。
受験生の自分にとっては、楽しくもなんともない一ヶ月になりそうだがな…
「お兄ちゃん今日暇よね?暇でしょ?暇に決まってる!」
「…勝手に決めるな」
「じゃあ何?彼女とデート?へー、画面から出てこない彼女と何処へ行くの?あ、もしかして彼氏?」
「俺はキモオタでもホモでもねぇっ」
あーら、そうなの?と、相変わらず上目線な妹は、何故だか勝ち誇った目をしている。
「というわけで、今回もよろしくね♪」
何が、というわけなのか…
何はともあれ、俺はまたしても妹の雑用係としてイベントに同行する事になってしまった。
せっかくクーラーの効いた図書館でまったり勉強をする計画が、炎天下の中女子の行列に並ばされる羽目になったのだ。
テンションは一気にガタ落ちである。
「はぁ…暑い…」
「そうね!テンション上がりまくりで熱いわ!」
「漢字違うんですけど…(ボソッ」
「それじゃ、お兄ちゃんは雨夜様の限定グッズの列よろしく!終わったらパンフの優先券引き換え!」
「はい…」
雨夜という名前を聞いて、そういえば仁さんも当然イベントに来ているのだと気付いた。
ステージの上のあの人を少し離れた所から見上げてるのが普通…なんだよな。
そんなに遠い存在の人とご飯に行ったりしてたのかと思うと、ちょっと鼻が高くなった気分になる。
そんな事を考えてたせいか、暑さのせいか、先ほどとはうって代わって俺は高揚していた。
「あ、このゲームちょっとやりたかったんだよな…」
最近出た、仁さんが出演している乙女ゲーム。
乙女ゲームに出会ってからというもの、妹からこっそり拝借しては勉強の息抜きにちょくちょくプレイしていた。
我ながら気持ち悪い行動だと思うが、擬似恋愛というのは、なかなかストレス発散になることが判明したのだ。
相手を攻略する達成感…それは学年テストで上位を取る感覚に近い。
と、鶴来に話したら、「俺はテスト良い点取れた方が100倍嬉しいけどな」と笑いながら返され後悔した…
「あの、お客様…」
「あ…すみませんこれ下さい…」
後ろでクスクスと笑いが起こる。
きっと俺は顔が真っ赤になっていたであろう…居たたまれなくなり、うつ向き加減でそそくさとその場を立ち去った。
嗚呼、一気に帰りたくなってきた…
俺はまたしても下がったテンションのまま、フラフラと次なる目的地へと向かうのであった。
目的を無事果たし、開演の時間に近づいたので人波に流されながらもホールに向かう。
今回の席も前の方を取れたらしく、出演者の顔を認識する事が出来るくらいステージから近い距離に位置していた。
妹達はそわそわしながら化粧直しを初めている。
この距離なら化粧が崩れていようがわかんねーだろ…と内心思いつつ、自分も仁さんの登場に心を踊らせていた。
会場に音楽が響き出す。
前回同様、司会者がまずステージの袖から表れた。
ちょっとした挨拶の後に出演者が名前を呼ばれながら入場し始める。
最後に大きな歓声と共に出てきたのは、仁さんだった。
『皆、今日は素敵な一日にしましょうねー!』
キャーーーーーと、黄色い歓声が会場に響き渡る。
ドキッ
ドキッ
俺がその時内心驚いていたのは、歓声の大きさではなく自分自身も心の中で仁さんに歓声をあげていた事だった。
「(な、なんで俺がこんなドキドキしなきゃ…)あっ」
今、仁さんと目が合った…?
いやいや、こっちの事なんか見えるなずないし…でも、仁さんは目が合った時に微笑んでいた。いつも、俺を見るときと同じように…
ドキドキドキドキ
鼓動が更に早くなる。
ここがイベント会場で良かった。
きっと、静かな部屋の中だったらこの鼓動は相手に届いてしまうから…
それからイベント終了まで、俺はステージの方を見れなかった。
会場を出てすぐ妹達がトイレに行きたいと言い出したので、荷物持ちの俺は裏口で待たされる羽目になった。
「はぁ…疲れた」
緊張しっぱなしだったからか、酷く喉が渇いていたので自販機に行こうとした瞬間、携帯の着信音が鳴る。
『あ、圭吾?イベント来るなら言ってくれれば良いのに!』
「仁さん!」
ドキドキッ
先ほどまでステージに立っていたその人からの電話。
まだ終わって間もないのに、きっと真っ先にかけてきてくれたのだろう。
それより、自分が来ている事を知ってるということはやはり目が合っていたのか…
『イベント中ずっと下を向いてたけど、具合悪いの?』
「いえ、全然、大丈夫ですっ!」
『なら良かった。むしろいつもより元気そうだね』
「はい…」
電話越しでも伝わる、彼がどんな顔で話しているか。
きっと、いつもみたいに微笑んでいるのだろう。
彼の顔を想像するだけで、俺の鼓動は一層早くなった、
俺は、おかしい。
相手が有名人という事を抜きにしても、俺は仁さんに対して緊張し過ぎている。
声を聞くだけでこんな緊張するなんて…
『圭吾?本当に大丈夫?』
「だ、だいじょうぶですっ」
『なら良いけど…一応、帰ったらゆっくり休みなさい。』
「はい」
仁さんの優しい声が耳に響く。
会話が終わって電話が切れても、俺はしばらくその場を動けず、ただぼんやりしていた、
これは…もしかして恋なのか?
いやいやいや、俺は男だし!相手も男だし!!
乙女ゲームのやりすぎておかしくなってるのかもしれない…
俺は頭の中のモヤモヤを振り払うように、その場を走り出した。
早く帰って寝よう。
きっと疲れてるのだ。
そう、自分に言い聞かせて…
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