第九話


夏休みも折り返し地点。
しかし、この異常気象で暑さは右肩上がりを決め込んでいた。
太陽が容赦なくジリジリとアスファルトを焦がしている。
地面がゆらゆらしているのか、自分がふらふらしているのか、よく分からない。

本来ならバイトの日以外は外になど一歩も出ない俺だが、前々から鶴来と約束していたバスケの試合を見に市内の体育館にやって来ていた。


「よし、1年と2年は先に行って準備してて。スタメンは準備出来次第ミーティング入るから。」

「「はい!!」」


鶴来はバスケ部の部長をしている。
話しには聞いていたが、こうして部を仕切っている姿を実際に見ると様になっていて関心する。


「けーちゃん!こっちこっち!」

「おー」

「今日はわざわざありがとうね!兄貴も誘ったんだけど仕事忙しいみたいで…」

「そうなんだ。(むしろ有難い…)」

「まぁ本人はけーちゃん来るって言ったらすごく来たがってたけどね。」

「へぇ…」


仁さんとはイベントの日に電話で話してからメールで少しやり取りしたくらいで会ってない。
やっぱり売れっ子は忙しいらしく、家にもろくに帰って来てないらしい。
テレビに映る仁さんはいつも通りだったけど、鶴来からの話しを聞くと相当疲れているのが伺えた。

まぁ、俺にとっては、仁さんと会えない方が好都合なのだが…

イベントの日以来、以前より仁さんを意識してしまい頭から離れない。
他の事で気を紛らわそうとしたが、なにをしても手につかなかった。
妹からは、見透かされたように「恋の病じゃない?」とか言われる始末。


極めつけが、妹が持ってきたとあるCD…


「お兄ちゃん、これ貸してあげる。」

「CD?」

「ドラマCD。」

「何それ。」

「聴けばわかるわよ!お兄ちゃん、最近雨夜様の事熱心に見てるし。実は気に入ってるんでしょ?」

「べ、別にっ、そういうわけじゃ…」

「いいからいいから♪どうせこれ聴いたらいっぱつで惚れちゃうし!」


聴く時はヘッドフォン必須だからね。
と、ほぼ強引に押し付けられたCDを聴く事になったわけなのだが、その内容が世にも恐ろしいものであった…



どうやらこのCDは歌や音楽ではなくボイスドラマなるものらしい。
ベッドに腰掛ながら、ドラマの中の状況を想像しながら聴く。

『俺は水野ケイゴ。』

あ、俺と同じ名前…

『よろしく、ケイゴ君。俺は高槻寿だ。』

この声、雨夜さん!
俺の名前、呼んでるみたいだ…

『俺、高槻さんが好きです…』

ん、こいつら男同士だよな?

『ケイゴ…俺も、お前が好きだ…』

ちょ、ちょっと待て!!!どうしてそうなる?!

『ケイゴ…いいだろ?』

『あっ…だめっ…高槻さんっ、あっ、』


ヘッドフォンがら流れる、男と男のラブシーン。
しかも、主人公が自分と同じ名前で、雨夜さんが相手役。

頭の中の想像が、次第に自分と雨夜さんに変わって行く。


『ケイゴ…好きだ…好きだ…!!』


ヘッドフォンを外せばいいものを、雨夜さんの聴いた事ない熱い声に夢中になってしまい動けない。

実際に会っているわけではないのに、そこに雨夜さんがいるような感覚…

自分を呼ぶその声に、体が熱くなり鼓動が早くなる。


気付いたら、自身の下半身に手を伸ばしていた。


「ぁっ、じん、さん…」





…その後はもう、罪悪感で死にたくなった。

もう、仁さんに会わす顔が、ない…


以来、俺はなるべく雨夜仁というワードを避けている。
名前を聞くだけで思い出す…俺の汚い行為を。心を。



「けーちゃん、顔赤いけど平気?」

「あ、ああ…久々に外出たから…」

「俺ももう行かなきゃだから、観客席で休んでなよ」

「うん、頑張れよ、試合。」

「もちろん!けーちゃんにいいとこ見せたいからね!」


笑った顔が、少し仁さんに似ている…

そんな事を考えてしまう自分がいて、嫌でも気付かされる。


俺は、仁さんが好きなんだ。


きっと公園で話した時から、俺はあの人の事が好きだったんだと思う。

気付いてたけど、気付いてないふりをしていた。

でも、ちょっとした事で自覚させられてしまう。この気持ちを。

叶うはずのない恋。

年も身分も違いすぎる。

たとえ男女であっても、この恋は報われない運命…

俺なんかが好きになっていい相手じゃない。

だから、もう忘れるんだ…




あの人の優しい笑顔も、声も。




******




『あ、けいちゃん?今日は試合見に来てくれてありがとう!』

「すごくかっこよかったよ、お前。3Pとか、よく入ったな。」

『あれはまぐれだよ…結局、試合も負けちゃったし…』

「3年はもう引退だもんな…これからどうするんだ?」

『一応、進学予定だし勉強するよ。あとはバイト。』

「そっか…頑張れよ。」

『うん、けーちゃんも!じゃあ、おやすみ。』

「おやすみ。」


ピッ


家に帰って来てから、再び部屋に引き篭もり勉強。
部屋から出れば何かと妹が仁さんの話をするので出たくなかった。

こんな事をしても彼の事を忘れるなんて出来そうになかったが、今はそうするしかない。

とにかく分厚い問題集の解答欄をひたすら埋める作業を延々と行う。
でもそれは、時計の針を進めるだけの作業にしかならなかった。

頭の中にいるあの人は、なかなか消えてはくれない。


そんな生活を送ること一週間。


そろそろ限界が来ていた。


「くっそぉおーーーーーーーー!!!!」


何冊目かの問題集と国語辞典をぶちまける。

「雨」「夜」などの単語が出てくる度に仁さんの顔が浮かぶくらい、俺の病は進行していた。


バカにつける薬はないというが、恋の病につける薬もないものか…


「うっっさーーーい!!!」


間髪入れず妹が俺の奇声に文句を言いにやって来た。


「なんなのもう!最近、お兄ちゃんおかしいよ?!」

「んなの、自分でも分かてるっつの!」

「じゃあどうにかしなさいよ!」

「どうすりゃいいのか自分でもわかんねぇーんだよ!」

「はぁ?何それ!そんなのは元凶をぶっつぶせば良いのよ!!」


ぶっつぶす…?
俺が仁さんをぶっつぶすのか?


「…無理だよ。相手は悪くないし、俺が勝手にこうなってるだけだ…」

「だったら、当たって砕けなさいよ!こなごなになってきなさいよ!!」


こなごなに…

そうか…当たって玉砕すれば、ちょっとは気が晴れるかもしれない…

…そうだ。ずっとこのままモヤモヤしてても、何も変わらない。

忘れられないのなら、すっぱりフラれて諦めるしかない!


「ちょっと出かけてくる!!」

「ちょ、お兄ちゃん!!」


仁さんに会って、この気持ちをぶつけるんだ!!


俺は、心も身体も勢い良く部屋を飛び出した。




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