乙女遊戯症候群―境界線(ボーダーライン)―
第一話
鶴来浩司18歳。
南ヶ丘高校3年生、バスケ部元部長。
自分は最近、失恋をした。
相手は同じ学校の3年生。バイト先のコンビニの常連さん。
名前は黒瀬圭吾。すごく不器用な性格だけど、頭が良くてしっかりしていて男なのに綺麗な奴だ。
だが、けーちゃんには最近恋人が出来たみたいだった。
その相手が…よりにもよって自分の兄貴だったりする。。
確かに昔から兄の方が出来が良く、何でも兄の方が上だった。
そんな兄の事を疎ましく思っていなかったと言ったら嘘になるが、心から尊敬をしていたし、たった一人の肉親でもある兄を俺は慕っていた。
で
も、今回の恋はそれなりに本気だったし、さすがに兄貴に取られたのは堪えた。
バスケの関東大会準決勝敗退のショックも重なり、俺はなかなか荒んでいた。
受験生なので家と学校では勉強をし、それ以外は隙間なくバイトを突っ込んだ。
そうすれば、余計な事を考えずに済む。
うちは義理の父親と兄貴の三人暮らしで、父と兄は仕事が忙しく同じ屋根の下にいてもあまり顔を合わす事がない。
二人共に声優業をやっているが、だからといって俺も声優を目指しているわけでもなく、とりあえず今はそれなりの大学に入るために頑張っている。
「んー…数学サッパリわからん…」
文系の自分は理数系がめっきり苦手である。
昔は父や兄に聞いていたが、それがなんだか悔しくなり、高校に入ってからはできるだけ自分の力で頑張って来た。
まぁ、二人には忙しくて聞ける暇もないのだけど…
深夜の0時を回っても二人は帰って来ない。
兄に至っては外泊も日常茶飯事。人気声優にもなるとハードスケジュールなのであろう。
しっかり連絡はくれるので良しとしているが、やはり身体は心配になる。
ちゃんと寝れているのだろうか…
「…兄貴の心配より自分の心配しなきゃな」
気持ちを入れ換えて、参考書を開くがいまいち集中出来ない。
「そーだ!けーちゃんに聞こう…」
携帯を開いたところで動きを止めた。
気持ちが整理しきれてないのに今彼と話すのはどうなのだろうか…きっといらない事まで話してしまうかもしれない。
彼の負担には、なりたくはない。
携帯を閉じると、喉を潤すべくキッチンへと向かう。
すると、そこにはどうやら先客がいたようで、明かりがついていた。
「幸彦さん、帰ってたの?」
「浩司か。まだ勉強してたのか。」
「うん。部活も終わったし、勉強頑張ろうと思って。」
「関心だな。久しぶりに見てやろうか?」
「え、いいの?疲れてるでしょ。」
「たまには父親らしいこと、させてくれ」
幸彦さんは6年前に病死した母の再婚相手で、俺の義理の父だ。
母が死んでからも兄貴と俺によくしてくれて、本当の親のように大切な存在だ。
母が35の時に25の幸彦さんと再婚したのには驚いたが、俺は兄が増えたみたいで嬉しかった。
兄貴は年が近い父親ができて複雑だったみたいだけど、今では同業者でもあるし仲は悪くないみたいだった。
「これは、この公式を使って…」
「なるほど…幸彦さん、相変わらず教えるの上手いね。」
「売れてない頃は家庭教師で生活してたからな。」
「そっか…そういえばさ、何で幸彦さんは声優になったの?」
幸彦さんは頭も良いし、容姿も整っている。
カッコいいというより美人て感じで、その辺の芸能人より綺麗に見えた。
「最初は役者志望だったんだ。でも、ある時一人の役者と出会って…そいつが声優目指してて、それに影響されてこの世界に入ったんだよ。」
「へぇ…その人とは今でも仲良いの?」
「ああ…今度、そいつが養成所始めるらしくてね。来ないかって誘われてるから、行こうと思ってる。」
「え、じゃあ声優やめるの?」
「いや、養成所は事務所も兼ねてるから移転という形になる。けどまぁ、声優業の仕事は減るから今よりは余裕ができそうだ。」
「そうなんだ!良かった、俺幸彦さんの演じるキャラ好きだからさ。」
「ありがとう。ファンの人のためにも、両立できるよう頑張るよ。」
幸彦さんの笑顔は綺麗で、未だにみとれてしまう位だ。
この笑い方が、けーちゃんと似ている気がする。
俺はそんなけーちゃんが好きだったんだ…
いや、けーちゃんが幸彦さんに似ているのか?
ガタッ
「どうした?」
「いや、ちょっとトイレ…」
いやいや待て俺。どうして急に幸彦さんを意識してるんだ?
意を反して早く脈打つ鼓動に、俺は戸惑いを隠せなかった。
相手は義理の父で、年も離れている。
好きな人と重なって見えただけで、別に彼をそういう目で見たわけではない。
ないのだ…が。
「どうしよう…」
一度意識してしまうと一方通行。
単純な俺の、悪いクセでもある。
「浩司、顔赤いけど具合悪いのか?」
「うん、ちょっと根詰めすぎたかも…今日はこの辺にしとく。」
「そうか…ゆっくり休めよ。」
「ありがとう、おやすみ」
バタンッ
心配、掛けてしまっただろうか。
だが、これ以上同じ空間にいたら何か過ちを犯しそうで怖かった。
過ち…過ちって何だ?
何考えてるんだ俺は!!
相手は血の繋がりがなくても父親。
こんな感情、絶対に間違っている。
ドキドキドキドキ
反比例で高まる鼓動を抑え、俺はそのままベッドへと潜り込んだ。
寝てしまえば、きっと明日には元に戻っているに違いない。
明日幸彦さんと顔を合わせても、いつも通り話せるはず。
そんな事を一晩中考えながら、あっと言う間に朝を迎えた。
「ぐっ…眠れなかった…」
コンコン
「浩司、起きてるか?朝ごはん作ったから一緒に食べよう」
げ…幸彦さん。
いつもは昼まで寝ている事が多いのに、何でこんな朝早く起きているのだろうか。
とは言っても無下には出来ないので、しかたなく部屋から出る。
「おはよう。」
「顔が青いぞ?やっぱ具合悪いのか。」
「いや、何だか寝付けなくて…大丈夫」
「そうか…今日は昼から仕事だから、面倒見れなくて申し訳ないが…」
「寝てないだけだし、それに子供じゃないんだから大丈夫だよ。」
「そうか…」
ちょっとキツくなっちゃったかな?
幸彦さんが心なしか落ち込んだ表情を見せる。
逆に申し訳なくなり、明るく「ご飯、何?」と切り替えした。
「久々に手料理なんてしたから、味は保障できないけど…」
「おー!俺の好きなオムライス!」
「いつも浩司が料理して置いといてくれるだろ?そのお返しがしたくて…」
ドキッ
この人は、そんな無防備な姿で可愛いことを言ってくれちゃって…
俺は抱きつきたい衝動を必死に抑えて椅子に腰掛ける。
普段、忙しい父と兄のために、俺はなるべく手料理を作るようにしている。
帰ってくる時間も食べる時間もバラバラだけど、同じものを食す。
それだけでも、家族として繋がっている気がするから…すっかり俺の日課だ。
「美味しい!」
「ほんと?前に浩司が作ってくれたのを真似してみたんだ」
「俺が作るのより美味しいよ。」
「そんな事はない。俺は浩司の手料理、大好きだよ。」
大好きだよ…
頭の中でリピートされるその言葉。
正直、胸がいっぱいすぎて味がわからない。
でも、この人が一生懸命作ったのが伺えるそれは不味いわけがない。
「浩司、」
「ん?」
「これからも、俺を父親として側に置いてくれるか…?」
「な、どうしたんだよ、急に…」
今の自分の気持ちを見透かされたかと思い、一瞬ドキっとする。
「当然だろ…幸彦さんは、俺の大事な家族だ。」
「ありがとう…」
そう、大事な家族。
この人にとって、俺は息子なのだ。
もちろん俺にとっても彼は良い父親…
だけども、その質問は今の俺の心には針のように突き刺さった。
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