乙女遊戯症候群―年下のトラブルメーカー―


第一話



「お疲れ様でーす!」

「カオル君お疲れ!最近BL の仕事多いんじゃない?」

「ホントにね!別にBLの仕事多くて良いけど、せめて少しくらい攻めやらせてもらえないっすかねー?」

「ははっ、まぁ、カオル君の攻めとかちょっと聞いてみたいかもだけどね。」


暑苦しい夏。
外に一歩出るとそこは正に灼熱だが、仕事場であるスタジオは冷房が程好く効いているのでまるで天国。
しかしながら、じんわり汗をかいているのはこの僕、観月カオルが演じている役柄のせいであったりする。

BLドラマCDの右側に位置する役は、酸欠で苦しくなるくらいアクロバティックな演技を要する。

もちろん実際に動いているわけではなく、演技をする上で肺活量が試されるのだ。


「そういえば最近、雨夜君うちのBL出てくれないんだよねー…」

「他でも一緒みたいですよ。何か理由があって控えてるみたいっす。」

「そうなんだー。顔出しの仕事が忙しいのかな?」

「いやいや、声優なんだから声で仕事しなきゃ!」

「相変わらず彼には厳しいね〜」


いつもお世話になってるBLCDレーベルのプロデューサー、小山さんとは長い付き合いだ。
自分の名前がまだ売れていない頃、BLの仕事を持ち掛けてくれたのが小山さんだった。
BLで名前が有名になった事により、女性向けの作品の仕事が一気に増え、今のポジションが出来上がったのだ。

なので、小山さんは自分をここまで引っ張って来てくれた恩人でもあり、一番信用出来る仕事相手である。


「お疲れ、観月。」

「おっす、両国さんもお疲れっす!」

「全く…雨夜が抜けてから俺に仕事が回ってくるから大変だよ…」

「声の系統似てますもんね。まー両国さんはあいつより全然大人ですけど!」

「お前も良い大人なんだから…もうちょっとそれらしくしとけ。」

「これは僕のキャラですよ〜!」

「そうですか…」


この哀愁漂わせてるおっさんは両国昌延。
雨夜と並び、女性向けの作品では共演する事が多い。
説教臭い部分もあるが、年齢的にも仕事的にも大先輩なのでよく相談にも乗ってもらっていたりする。


「そういえばさ、学プリの新キャラの話し聞いた?」

「ああ、アニメのオリジナルキャラだろ。もうキャストも決まってるそうだな。」


"学プリ"とは、乙女ゲームの『学園★王子様』シリーズの略称だ。
秋に新スタートするアニメにオリジナルキャラを登場させる企画があるらしく、共演者の間でも話題になっていた。


「さがみ…だっけ?俺まだ一緒に仕事した事ないんだよね。」

「まぁ、まだ新人だしな。しかし最近急激に人気を上げて来ている。今回の役も、そのバネみたいなものだろう。」


佐上優一。
名前だけなら、最近のアニメのキャストの一覧でよく見る。
去年当たりから人気が出始めた新人で、年齢も21歳とまだ若い。


「ルックスも良いし、どうやら事務所はアイドル声優として売り出そうとしている様だな。」

「うわーーまたライバル増えちゃったよ!」

「いや、お前とは路線違うから気にするな。」

「じゃあ雨夜ざまぁだな!」


両国の呆れた表情を横にし、僕は盛大に笑ってやるのであった。





******




「はよーっす。」


AM10:00

いつものメンバーが集まり、アニメの打ち合わせが始まった。

如月零二役の雨夜仁、

月影眞吾役の鶴来幸彦、

風間駿役の両国昌延、

朝霧ユキ役の鷹津珊瑚、

小春凪役の海乃純也、

そして僕、葵悠太役の観月カオルと…


「新キャラクター、峰岸透流役の佐上優一です。よろしくお願いします。」

「佐上君は今回アニメのオリジナルキャラクターとして出演して頂きますが、今後のゲームの新作やドラマCDなどにも
出演して頂く予定ですので、どうぞ皆さん宜しくしてやって下さい。」


ほう…

確かに容姿は綺麗なので、女性ファンは多く付くかもしれない。

…だが何だその無愛想な感じ!!

普段から嫌味な雨夜でも、流石に仕事の場ではそんな不機嫌オーラは出さないないぞ!


「(おい雨夜…こいつどう思う?)」

「(別に…何度か仕事しましたけど、普通でしたよ。)」

「(これが普通って態度か!?)」

「(まぁ、無愛想だけど仕事はちゃんとしてましたし。)」

「(許されるのか?!それで許されるのか?!ねぇ?!)」


急に話しを振られた鶴来さんが「えっ?」と振り向く。
少し困ったように考え始めたが、結局苦笑いのみで返されてしまった。


「(鶴来さんが困ってるだろ。)」

「(っるせ!てゆーか雨夜、彼女出来たからって調子乗りすぎ!)」

「(彼女?)」

「(いえ鶴来さん、この人の話しとかスルーして下さって構いませんので。)」

「テメー雨夜!!」


ガタッ!
っと、勢い良く椅子から立ち上がった瞬間、その場に居た全員に一斉に注目される。
雨夜は知らん振り、鶴来さんは苦笑い。
恥ずかしさで顔に熱を感じつつ、小さな声ですみません…と、席に着く。
なんという失態だ。絶対佐上に変な先輩だと思われたであろう…
気になってチラっと横目で確認してみる。


じぃ〜…


案の定、びっくりするぐらい凝視されていた。

な、何なんだ…何故そんなに睨むのだ?
もう恥ずかしさよりも恐怖で身動きが取れなくなる。


そんなこんなで打ち合わせの内容もろくに頭に入らないまま、その日は解散。

終始、佐上に睨まれていた僕は、視線から逃れるよう両国さんの背中に隠れるようにして退室したのであった…。



全く、最近の若者は何を考えているのか分からん…




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